何かの対象を排除し、放棄したり、ダイレクトに不浄なるものを清浄に変容したとしても、当人の意識が完全に覚醒して、あるがままの境地に達したとき、初めて自己解脱の顕現が、つまり、身・口・意が浄化されるのである。
しかし、我々は、悪しきカルマを積み重ね、脈管は、煩悩で汚れきって、意識は、所知障で、完全に思い違いをしている。
この現実を自覚し、自らの救世主は、自分以外には、いないのだから。
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2010年11月
2010/11/28 20:26:02
2010/11/20 19:24:04
ゾクチェンに直接興味を持つ人やゾクチェンを具体的に修行しようと思う人は、非常に少ないようだ。 それは、なぜならば、ダキニの許可がまだ公に降されていないからだ。 それは、取りも直さず、究めて、ローカルな教えで、あるし、解脱というのも、極めて個人的な問題だからだ。 2010/11/12 18:47:16
身・口・意のレベルにおいて口のエネルギーに関する問題は、現代において最も顕著だ。 なぜなら、この問題がすべての不調和、無秩序のテロ的な問題を生み出しているからだ。 がんや精神的な難病は、すべて、エネルギーの不調和と無秩序が生み出していることを誰がいつ気づくのか? それを一時凌ぎの愚かなる成就法によってその願いが叶うはずもあるまい。 それを施すあなた方がそれをよく知っているし、それによって得られ解脱などありはしないのだから。 ゾクチェンの成就こそがその限界を超える可能性がある。 2010/11/10 20:49:28
教えを心から大切にし、敬信したものは、完全に覚醒を果した。 常日頃、困難と向き合い道を求め励んいる人には、必ず神仏は微笑みかける。 それがリアリティだから。 どんな教えでもいいし、仕事でも、学業でもよい。 リアルを感じ、自らに嘘偽りがなければ、その判断は、あるがままで、絶対的に善だ、と言えよう。 2010/11/02 16:55:58
宗教オタクの悲劇。いろんな教えをコレクションしたとしても菩提心には届かない。 なぜなら、神を対象化してしまうところにもうすでに問題がある。 その旅は永久に終わらないだろう。それが輪廻だから。 教えや修行や悟りに執着している限り、解脱はまったく有り得ない。 神の代弁ではなく、自らのあるがままの心、菩提心で語ろうではないか! それが現実であり、真実たから。 本当のあるがままの自分に目覚めていない。 それを問題とすべきだ。 |
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