ひとはなぜあるがままの自分を見出せないのか?
それは自分しか見ていないからだ。自分の価値基準や自分だけの視野、自分だけのメリットしか考えていない。そういう人々が悟りや解脱や説教や人に諭す行為をしようとする。片腹痛い行為だといえよう。
そこには利他も慈悲も布施もない。我執の極みをみているに過ぎない。
なんと悲しいことか!この現実をだれも直視ししていない。これが現代の世の中なのかと!
あなた方は、本当に慈悲というものの、布施というものの真実を見たことがあるのか?
本で読んだ、智慧も慈悲も般若の教えは空想にすぎないものだ。
その本質を見極めたことがあるのか?
そこまで自分を落とし込んだことがあるのか?
そんな人に遭ったのは、筆者が認めた人は、数人にしかない。
本当に君たちは、真剣に生きているのか?
そんな人々にどんなに一生懸命アドバイスしても無意味だといえよう。
人間の根本が腐っている。焼け焦げている。智慧に目覚めた人はどんな状況や逆境にあろうがそれを乗り越えることができる。必ず菩提の華は咲くのである。
社会に自分の概念に押し込めてはならない。
そこに君の居場所はない。
なぜなら、君のステージはもっと限りなく雄大な世界に開かれているのだ。
狭く自分を区切ってはならない。
限界概念に押し込めてはならない。
開放せよ。放松せよ。解脱せよ。突破せよ。
それが、唯一の筆者のアドバイスだ。