阿藤 大昇 初めてテレビ出演しました。
http://ch.hi-carat.co.jp/1ch/1ch.html
携帯小説の第一作目『マメヒコ西廂記』も後もう少しでアップします。
吉日 阿刀田 達磨 こと 阿藤 大昇
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | |||||
| 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
| 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 |
| 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 |
| 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |
| 31 |
|
2009年11月
2009/11/27 17:22:17
阿藤 大昇 初めてテレビ出演しました。 http://ch.hi-carat.co.jp/1ch/1ch.html 携帯小説の第一作目『マメヒコ西廂記』も後もう少しでアップします。 吉日 阿刀田 達磨 こと 阿藤 大昇 2009/11/14 7:29:08
自分自身に顕れてくることは、すべて自らの自己顕現であるが、本質をつかみとれるかは、当人がその顕現のリアルをどこまで見抜いているかが問題だ。 物事の本質を心の眼でもしみれるひとがいたのならその本質を見抜いてしまうだろう。 反対に概念や思い込みの皮膜でみてしまったら到底本質に辿りつかない。 婚活も同じだ。その自らの絶対的対称性を見抜くには、我々は概念の皮膜や思い込みをすてなければならないだろう。 煩悩ですら智慧に変わってその本質をつかむことができるとしたらそれこそが当人の個人的な運命的特質であるといえよう。 彼ら彼女らにとっては、すでに言葉も行為すらもすべて婚活を成している。 なぜなら彼ら彼女たちは、あるがままにいきているからだ。 婚活が成就しないと思っている皆さま、 皆さんリアルを見抜く婚活をしましょう。 婚活相談所 企画室長 阿刀田 達磨 2009/11/02 12:35:33
グル 自らの最高のグル、つまりゾクチェンでは自らの普遍的な法性であるサーマンタバドラに当たるが、運命学ではその当人のただひとつの個体性を持った運命のそのものを指す。個体性を持った運命とは当人を完全に導くことができる最高の根本グルに他ならない。運命学には命と運の二つの要素によって今置かれて運命の状態を説明することができる。故張明澄先生が伝えてくださった『五術大法』の六大課の運命学は、自らの父母(ヤブ・ユム)の守護尊と明妃との関係を顕わにすることができる。自らの運命を論じ、自らの運命を見届けることは最高のグルヨーガであるといっても過言ではないだろう。 ダーキニー 空間のような存在であり、我々自らの普遍的で清浄な報身であるところの金剛薩タに相当する。自らの個体性を持った父母のダーキニーは、奇門遁甲における立向と座山が父母に相当する。ある方位を用いた場合においてあらゆる時間単位にそれぞれのダーキニーが存在する。故張明澄先生が日本に伝えてくださった『奇門大法』は、奇門遁甲によってこの不可視の父母のダーキニーの存在をロジックによって解き明かしたものであり、奇門遁甲は父母のダーキニーの曼陀羅図に相当するものなのだ。 デバ 護法尊。不可視の存在。自らの普遍的な化身である干渉(慈悲)エネルギーに相当する。自らの個体性を持った父母のデバは、風水の陽宅・陰宅に相当するが、それに対して地理風水における山地、平地、丘陵地、江湖、道路は、普遍的なデバに属し、個体性から見たその地理風水の具体的な対象物(惑星と虚星も含む)は、それぞれに父母のデバとの関係を顕わにする。故明澄先生の直伝の『風水大法』はこの様々なテバからの不可視の干渉のひとつ一つの情報を綿密に我々に説いてくださった埋蔵経典法といえるだろう。 ゆえに存在は自ずから生まれたときすでに成就してしまっているので、運命の命運や方位や風水や名前によって多様な顕現がその当人に生起してしまうだろう。しかし、それでさえすべて完全に完成した状態で我々の目の前に現れているので、もう努力することも願うことすらもなくすべては完全に完成してしまっているのだ。だからその中に無努力のままにとどまるという『リクパのカッコウ』の教えを今この時代に別の角度から写しだして説こうとする行為こそが個体性と普遍性の融合を説く新たなゾクチェン10乗目の教えを生み出すと阿刀田達磨は確信に至ったのだった。 阿刀田達磨のインタビュー Q:占星術などの出会いはいつごろ、どんな時だったのでしょうか? A:同級生の自殺が切っ掛けです。私は高校の三人もの同級生を彼らが自ら決意した自殺で失いました。その中に高校生のとき、一番仲の良かった女の子が自殺したことに一番ショックを受けました。 Q: フランス文学を専攻されていたのに、なぜ中国の占星術、五術・六大課を研究するようになったのですか? A:私は高卒で上京し、学歴は高校生まででした。コックさんの修行を七年間しました。そしてコンピューター関係の会社に勤めながらいくつかの大学の聴講生をしていたのですが、30歳前後で自費出版した占いの専門書が専門家の間で有名になり、そのころから多くのプロの占い師が私に占いを習いにきました。占いの研究を本格的な学術研究にするために明治大学の当時、社会人入試というものがあったので、そこのフランス文学科に入学しました。私は英語が苦手だったので経験のなかったフランス語を専攻しました。しかし、後で解ったのですが、過去世回帰という瞑想方法によって私がフランスのモンサンミッシェルの司祭だったことが判明し、やっぱり過去世に引き摺られた人生だったのです。あるとき有名な霊能者の加藤和子さという人に出合って私が諸葛亮孔明と血の繋がった兄であり、小さいときに呉にある親戚のおばさんに養子にもらわれたということまで預言したのです。それが歴史書には呉の大将軍となった諸葛瑾という人物で日本でいったら大岡越前のような人だったようです。諸葛一族の子孫であったがゆえに占いは十八番だったことはいうまでもありません。 Q:六大課とは、そして五術は哲学の思想のジャンルだったそうですが、いったいどういったものでしょうか? A:それは五体三身論にそのルーツがあり、筆者の研究では、ボン教のゾクチェンの教えのシャンシュン・ニェンギューという教えの中にその原型が残されているようです。それが中国の伝統的な占いとして独自に発展をみたようです。 Q:占いの関して、当たる当たらないが取りざたされます。私としては悪いことは当たって欲しくないですし、良いことは当たって欲しいわけです。良い占い師を選ぶ基準はどんなところで選べばよいでしょうか? A:占いが当たらないというのは「見解の中で行為を失う」というゾクチェンの教えにも共通する現象です。判断したことと現像が噛み合っていなければ、その見解が間違っているか、その見解の中に自分の意識がしっかりと繋がっていない二つの場合があります。見解が間違っていてはどのような占いであれその占いそのものに問題があるといえます。我々はそのような占いを勇気を持って捨て去らなければならないでしょう。 Q:一般人でも「日が良い、悪い」や「方位の善し悪し」を日常的に考えることができますか? 一番怖いのは、実星の方位に冲刑する方位に向かったとき、万人にすべてにおいて大きな災難に遭われる方が多いようです。 Q:セミナーでは「運命を解き明かす方法」「百人斬り」などを行っているようですが、人を占う時はどういった形で、運命がみえてくるのでしょうか? A:六大課はよりリアルに運命を写しだしていきます。それは、七つの智慧の鏡といえるでしょう。人間の内面と外面の隠された部分を露わにしていくようです。 Q:人の運命は決まっているものなのでしょうか? A:人の運命の状態を説明することができるといえます。今どのような状態にその人が成っているかを説くことができます。逆に運命を特定することは非常に難しいといえます。運命を決めつけたり、断定したりしてしまうことは返って人間の無限の可能性をダメにしてしまうからです。私は人を占うとき、運命というものをできる決めつけないように努めています。 以上の情報が即座に知ることができる「阿刀田達磨の開運カレンダー」を多くの方々の要請により2010年度のカレンダーを今作成中です。 つまり、今運命が限界だと思っている方がもしいらっしゃるとしたら、まだ手立てはいくらでもあると私はすべての人にそう説くでしょう。 Q:阿刀田達磨先生の座右の銘は A:「智慧の輝きによってあるがままに生きる」です。 阿刀田達磨のインタビュー終わる。 |