人はリアリティーを全然見ようとしていない。本質から誰もが眼を反らしている。
人の出合いは、非常に意味のあるものである。しかし、その本質をどこまで見極めている人が何人いるのだろうか?。
誰もその真実を理解していない。グルやダーキニーが目の前に居るのに、迎えに来ているのにも拘わらず、それに気づこうともせずに、自らの悪しきカルマと煩悩を燃やす人々。
もう自分や血縁や他人の部外者に嘘や偽りを語るのはやめよう。
そこには悟りも解脱もまったく一点すらないのだから。
リアリティーを失って狂った人生を歩む悲劇の人々。
リアリティーをみる術すら失った宗教、政治、学問、科学、その他もろもろの諸法に未来など来ないだろう。
ばかげてる。人は真実を見る眼を失っているとはいえ、真心すら既に失っているとは、完全に狂っている。
この世に未来など見ることはできない。
すべては、限界に、絶望に、生きる人々の哀れな姿。
認めよう。それが我々に課された輪廻なのだから。
悟れないロジックを行使して生きることは、外道を為すことであり、そこには、安らぎも安堵も解脱などありはしないのだから。
今すべき事を誰にも邪魔されずことなく、為すべき事をなす。
カルマの負債ではなく、自分らしい人生をあるがままに生きる。
それ以外に人生に何の意味があるといえるのか?。
本気で、本心から、素直にぶつけて生きている人々に嘘も偽りも全然通用する訳がないのだから。
だからこそそのように生きる人々に偽りも嘘もついてはいけない。それが人として生きる中で絶対にやってはならない外道だ。その結果はさらなる悪しき六道輪廻に落ち込むことは免れない。
魔境教団に依存する人々や決別した人々もその例外ではないことをとここで表明しておく。
本当に詐ることなく、嘘つくことがなく、真実の生きたグル、デバ、ダーキニーに出合って欲しい。
それにしか真実の悟りと解脱がないのだから。
私(筆者)はすでに出合っているよ。。。
本当の三宝に帰依し、敬慕と崇敬ができていない、そのあなたに問題がある。と言うしかないだろう。
私は、財も地位も過去の名声もあらゆるものをも既に投げ出しているよ。
だからこそ、毘沙門天、ダキニ天、不動明王が筆者のもとに顕現したのだから。
だから何も見ていない覚っていない人は、門前払いされることは必須だ。
それは、悲しくも自明と言えよう。
仏教に出合えていない人々が、出合おうとする人々がなんとすくないことか。